top  前頁 次頁                  13 お遍路メモ
名前の由来昔 修験者たちは四国の端っこや険しい山すなわち「辺地(へじ)」で修行していましたが、それが「辺路(へじ)」に変化しました。路を「ミチ」ではなく「ロ」と発音し「辺」が「遍」に統一されて「遍路(へんろ)」になったと言われています。
遍路の歴史  平安時代初期に四国の海辺の道を巡りながら修行して歩く僧侶、修験者などがいました。19歳の修行僧が室戸岬近く御藏洞で修行し悟りを得、その時見えた空 と海から空海と名乗るようになった話は有名です。その後、弘法大師(空海)に対する進行が強まり、多くの僧侶が悟りを求めて四国の各地で修行するようにな りました。
 江戸時代日本各地で巡礼ブームが起き四国遍路も例外ではありません。真念は1687年(徳川綱吉 生類憐れみの令を発布の年)に遍路の案内書「四国遍路道指南書」を著し88ヶ所の紹介、札所間の情報などを紹介したのが今の遍路形態の元になっています。
どんな人が行く 修行中の若いお坊さん、仏教徒(真言宗、その他の宗派)、仏教以外の宗教信者、宗教にあまり関心のない人、宗教を否定する人など様々な人がいます。
日本人だけでなく外国人も見かけます。88ヶ所のお寺も天台宗、臨済宗系、曹洞宗系、時宗系と多様です。
どんな事をする指定された88ヶ所のお寺を巡り、本堂と太子堂の2ヶ所でお札を収めて参拝する。お参りの証として納経帳に御朱印を頂く。 (今のお札は紙製であるが昔は木の札を打ち付けたので、参拝する事を打つという。)
どうやって回る回数通し打ち一度に88ヶ所全部打つ。
区切り打ち仕事・体調・季節など自分の都合に合わせて数度に区切って打つ。各国(県)ごと4回に分けて打つことを特に一国打ちという。
移動観光バス・タクシー全コース観光バス・タクシーで移動し、行程・宿泊等全て観光会社が企画する
ハイキング程度の歩きを入れる企画もある
自家用車・自転車等行程、宿泊等は自分計画
徒歩全行程完全徒歩或いは部分的に鉄道・バスを利用する方法もある。
服装・持ち物これでなければならないという決まりはないが、一般的に「白衣、輪袈裟、金剛杖」は三点セットと言われる。
お接待 お接待のページでも書きましたが、道中色々な親切を受けることがあります。

  お接待のページ記載の他に、こんな事もありました。弘法大師の生まれ故郷75番善通寺での事です。「お遍路さんこれ食べて」と遍路姿の人から土産品の饅頭 を頂きました。えぇと思っていると「歩き遍路なんでしょう。頑張って!。私たちはバスできているから」とニコニコ顔で手渡されました。
 又こんな 事もありました。川岸を歩いていると向こう側から、誰かが読んでいます。よく見ると小学生の二人連れで我々と同じリズムで歩いています。暫く歩いてから 「さようなら、さようなら」と手を振ってくれました。あの子達も遍路になったつもりで一緒に歩いているのかな~などと勝手に想像しながらの楽しいひと時で した。
 この他にも、素晴らしい事を色々経験させて頂きました。でも、これは歩き遍路だから経験できた事で、車やバスの遍路ではそうはいかないと思います。

 お接待を受けた時は、有難く頂戴しお礼に納札を差し上げながら「代わってお参りさせて頂きます」と挨拶するのが礼儀だそうです。